「自然の尊重」というこころに基づいた、日本人の食習慣が、「和食:日本人の伝統的な食文化」としてユネスコ無形文化遺産に登録されてから、令和5(2023)年で10周年です。しかし近年、核家族化の進展や地域のつながりの希薄化、食の多様化により、日本の食文化の特色が失われつつあります。
そこで国では、第4次食育推進基本計画(令和3年度~令和7年度)の中で、「地域や家庭で受け継がれてきた伝統的な料理や作法等を継承し、伝えている国民を増やす」を目標の1つに掲げています。具体的な数値目標としては、「郷土料理や伝統料理を月1回以上食べている国民の割合」を50%以上にすることです。令和4年度の食育に関する意識調査報告1)によると、成人全体で月1回以上食べている者は63%と目標を達成できています。しかし、男女とも若い世代で実践できている者は他世代に比べて少ないようです。一方、食文化を受け継ぐことが大切であると思っている者は、女性に比べて男性でやや少ないものの、年代を問わず男性で8割、女性で9割の方が該当していました。実際に「食文化を伝えている」と回答した者は20歳代では少ないですが、40歳以上は7割程度と、男女問わず、比較的多くの方が何らかの形で食文化を継承できていると回答していました。そして、食文化を受け継ぐために必要だと思う点については、「親等から家庭で教わること」が最も高く、若い世代でも8~9割が選択していました。
しかし食生活が多様化し、単身世帯や核家族化が進む中で、地域の食文化を次世代に継承するには、家庭内だけでなく、地域や学校等における取り組みも重要となります。
各地域には、正月や地域の農事などの行事に関連した行事食と日常の食生活の中で形成された郷土料理があります。自然環境や文化的背景の違いなどにより、様々な食材の調理法や保存方法などが、郷土料理には生かされています。現在は、コンビニエンスストアやスーパーマーケットなどで全国どこでも同じような食材・料理が入手可能ですが、各地域の自然環境に合う農産物は、独特の味わいがあり、それぞれの性質を生かした食べ方を受け継いでいくことは重要です。また、地域の活性化にもつながります。
地域の中で異世代交流などを図りながら、食文化を継承する取り組みは各地域で行われています。例えば、全国には、食生活改善推進員という食を通じて地域の健康を守るボランティア活動の組織がありますが、若者世代に郷土料理を伝える活動などを行っています。
内閣府が全国に居住する60歳以上の高齢者を対象に、令和3(2021)年に実施した調査2)によると、若い世代との交流の機会に参加している者は全体の2割程度で、平成25(2013)年度の調査時に比べて約半数となっていました。COVID-19感染拡大の影響で外出の機会が減少したことも背景にあると思われますが、交流の機会があったら参加したいと思うかといった参加の意図も減少傾向にあるようです。高齢者が持つ知識や経験、家族や地域とのつながりは、日本の食文化を継承するといった重要な役割を担っています。ぜひ、食生活改善推進員などのボランティア活動に参加したり、若い世代と交流できる機会があれば積極的に参加していただき、皆さんの経験や知恵を伝えていただきたいと思います。
子どもから高齢者まで異世代が集まって一緒に食事を準備し、一緒に食べる場(共食)を作ることは、食文化を継承するための食育の場として重要です。農林水産省の調査1)によると、家族と同居している者で、ほとんど毎日家族と一緒に朝食を食べている者の割合は、他世代に比べて70歳以上で高くなっています。夕食については、年代問わず女性でほとんど毎日の者の割合は高いですが、男性では20~50歳代で4割~5割程度にとどまり、60歳以降は年齢が上がるほど高まる傾向にあります。
しかし、令和3(2021)年国民生活基礎調査(厚生労働省)によると、高齢者でも独居世帯が増えており、家族との共食の機会は減少しています。そこで、家庭内に留まらず、地域や所属する組織(職場など)において、誰かと一緒に食事を共にし、コミュニケーションを図る機会を設けることが重要になってきています。ある地域では、子どもから高齢者まで、幅広い世代の方が参加できる農業・料理体験の取り組みを実施しました。その結果、世代を超えたコミュニケーションが促進され、それぞれが心地よく過ごせる場所として、支え合いの場になったとの報告があります。
共食には個人にとっても様々なメリットがあります。例えば、共食することは、健全な食生活と関係していることが複数の研究で報告されています。図1に、全国7市町に在住する65~90歳の独居高齢者約2,200名を対象とした研究結果を示しています3)。女性では、友人や親戚など、誰かと一緒に食事をする共食の頻度が週1回以上あるいは月1回以上の者は、月1回未満の者に比べて、食品摂取の多様性得点注1)(10点満点)が3点以上となる者の割合が多くなっていました。男性では割合に差はみられませんでしたが、たんぱく質源となる肉類や、ビタミン・食物繊維の主要な摂取源である緑黄色野菜、いも類、果物などを「毎日食べる」と回答した者の割合が、月1回未満に比べて、月1回以上あるいは週1回以上の者で多くなっていました。
注1:食品摂取の多様性得点(DVS)は高いほど、たんぱく質やビタミン・ミネラル、食物繊維などの栄養素摂取量が良好であるとされています。高齢者を対象とした調査では、得点が高い者ほど筋量が多く、身体機能(握力、通常歩行速度)が高いことが報告されています4)。
また、どのように共食するか、共食の在り方も重要です。全国に居住する20歳以上男女で、同居家族がいる者を対象とした調査では、暮らし向きにゆとりがなくても、食事中に家族との会話が弾んでいる者では、健康に対する自己評価(主観的健康感)が高いことが報告されています5)。図2のとおり、夕食の共食頻度も主観的健康感の良好さに関連は示されましたが、性・年齢などの個人の特性や世帯員数といった世帯状況の影響を取り除く(調整あり)と、主観的健康感との関連はみられなくなりました。一方、食事中の会話が弾んでいることは、それらの要因とは関係なく、主観的健康感が高いことと関連が示されました。暮らし向きにゆとりがない人では、時間的にも共食頻度を増やすことは難しいと感じる方もいらっしゃると思います。そこで、会話を楽しむといった共食の質を高めることが、健康状態の向上に繋がる実現可能な方策として推奨されます。
小学生を対象とした研究でも、共食していても、食事中に家族がスマートフォン等を使用している児童では、食に関する主観的QOL(「食事時間が楽しい」など4項目で測定)が低いことが報告されています6)。なお、スマートフォン等を使用していても、自発的な会話が夕食時にあると、児童の食に関する主観的QOLは高くなってました。そのため、単に一緒に食卓を囲む機会を設けるのではなく、会話が弾むような共食の機会を増やすことが重要といえます。
林 芙美
女子栄養大学栄養学部 准教授
医学博士、米国登録栄養士
サステナブルで健康的な食生活の実践を促すための研究・実践活動に従事