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食とサステナビリティ次世代の健康とサステナビリティ

次世代の健康とサステナビリティ

17ある持続可能な開発目標(SDGs)の一つに「飢餓をゼロに」(目標2)があります。具体的な目標では、「飢餓を終わらせ、食糧安全保障および栄養改善を実現し、持続可能な農業を促進する」としています。世界では、現在、約7.7億人が飢餓に苦しんでいます。これは、世界人口の10人に1人にあたります。飢餓で苦しむ多くの人は途上国に住んでいますが、飢餓のお母さんから生まれてくる子どもは、無事に生まれても、その後の死亡率は高くなっています。また、飢餓によって、子どもの成長発育が阻害されたり、病気と闘う免疫力が弱く、健康を害するリスクも高まります。さらに、将来、過栄養にさらされると、生活習慣病を発症しやすくなります。

SUSTAINABLE DEVELOPMENT GOALS

このような問題は私たちとは関係ないことと思うかもしれませんが、実は日本でも栄養状態が不良の妊婦さんから生まれてくる赤ちゃんの健康リスクが問題となっています。妊娠中の母親が低栄養の状態にあると、生まれてくる赤ちゃんの出生体重が小さくなりやすいです。2500g未満で生まれてくる赤ちゃんを「低出生体重児」とよびますが、日本は先進諸国の中でも、低出生体重児の割合が多い国となっています。

次世代の健康と低栄養の問題

図1は経済協力開発機構(OECD)の2020年のデータベースから一部抜粋して作成しましたが、登録のある50か国の中で、低出生体重児の割合は9.2%と最も高い水準となっています。「小さく産んで、大きく育てる」と言われた時代があったかもしれませんが、様々な研究の結果、小さく産まれた赤ちゃんは、将来高血圧や糖尿病などの生活習慣病を発症しやすいことが分かってきました。そのため、ユニセフや世界保健機構(WHO)などの国連機関は「人生最初の1000日」を提唱し、胎児期からに2歳までの期間に赤ちゃんに適切な栄養が届けられることが、次世代の健康を守るために重要であると提言しています。

図1 各国の低出生体重児の割合
図1 各国の低出生体重児の割合

出典:出典:OECD.Statを基に作図

妊娠可能な年齢の女性の低栄養の問題はどれだけ深刻か、WHOによるハザード分類をもとに検証した結果が表1になります。WHOでは、有病率5%以上の国は注意が必要としていますが、日本における20歳代女性の低栄養(BMI18.5未満)の者の割合は20.7%で「深刻な状況」となっています。なお、65歳以上の高齢女性の低栄養の者の割合も比較的高く、9.3%で警告レベルとなっています。ただし、国民の健康づくり運動(健康日本21)の目標では、高齢者の場合BMI20以下を「低栄養傾向」と定義しています。BMI20以下の割合は、65歳以上男性で12.7%、女性で20.7%です。さらに年齢が上がると低栄養のリスクは高まることから、若い女性と同様、高齢者においても低栄養は深刻な課題です。

表1 WHOによるハザード分類
有病率 分類 現状(低栄養の割合)
3〜5% 公衆衛生上のやせの問題の程度として問題はない  
5〜9% 低い有病率(警告サイン;モニタリングが必要) 9.3%
(65歳以上女性)
10〜19% 中等度の有病率(不良な状況) 11.5%
(20歳以上女性)
20〜39% 高い有病率(深刻な状況) 20.7%
(20歳代女性)
40%以上 極めて高い有病率(危機的な状況)  

WHO専門家委員会 レポート(1995年)と令和元年国民健康・栄養調査結果をもとに作表

低栄養となる食生活とは

低栄養とは、健康的に生きるために必要な量の栄養素が摂れていない状態を指します1)。その中でも特に、たんぱく質とエネルギーが充分に摂れていない状態のことを「PEM(Protein Energy Malnutrition):たんぱく質・エネルギー欠乏(症)」といいます。一般に高齢になると、食欲の低下や、固いものが食べにくいといった理由から、食事量の減少や、食事バランスの偏りが生じやすくなります。このような食生活を長く続けると、エネルギーやたんぱく質が不足し、低栄養となるリスクが高まります。一方、若い女性の場合は、痩せていることが魅力的と考える者も多く、不必要なダイエットによる食事量の低下や栄養素の不足に陥りやすいと考えられます。

表2には、男女それぞれ、若い世代(20-29歳)とシニア世代(75歳以上)のエネルギー及び主な栄養素摂取量を示しています。女性では若い世代の方がエネルギーは低く、男性では逆の傾向が示されていますが、多くの栄養素で、男女とも若い世代の方が摂取量は少ない傾向が見られます。シニア世代の低栄養の問題は注目されていますが、この結果からも、次世代の健康にも大きな影響を及ぼす若い世代の食生活の改善が、喫緊の課題であると考えられます。

表2 エネルギーおよび栄養素摂取量の比較
  女性 男性
20-29歳 75歳以上 20-29歳 75歳以上
平均値 平均値 平均値 平均値
調査人数 182 531 183 421
エネルギー kcal 1,600 1,674 2,199 2,008
タンパク質エネルギー比率 %*1 15.3 15.6 14.6 15.1
脂肪エネルギー比率 %*2 30.9 26.9 29.5 24.8
炭水化物エネルギー比率 %*2,3 53.6 57.5 55.8 60.0
食物繊維 g 14.6 18.6 17.5 20.9
ビタミンA μgRAE*4 447 577 451 664
ビタミンD μg 4.6 8.1 5.9 10.1
葉酸 μg 226 324 237 345
ビタミンC mg 62 120 62 124
食塩相当量 g*5 8.3 9.3 10.6 10.8
カリウム mg 1,743 2,367 2,080 2,621
カルシウム mg 408 525 462 561
マグネシウム mg 192 249 227 280
mg 6.2 7.8 7.4 8.7
亜鉛 mg 7.3 7.5 9.8 8.5

*1:報告書に示された各年齢区分のエネルギー(kcal)とタンパク質(g)の平均値から算出。
*2:これらの比率は個々人の計算値を平均したものである。
*3:炭水化物エネルギー比率=100-タンパク質エネルギー比率−脂肪エネルギー比率で算出。
*4:RAE:レチノール活性当量
*5:食塩相当量=ナトリウム量(mg)×2.54/1,000で算出。

出典:令和元年国民健康・栄養調査

痩せていても食習慣の改善意思は低い

図2には、20歳以上女性の体型別に食習慣の改善意思の有無を示しています。女性全体では、44.3%が「改善の意思あり」に該当しましたが、BMI18.5kg/m2未満のやせた女性では33.2%と、改善意思が低い傾向が示されました。このように、やせ型であっても、食習慣の改善意思が低いのはなぜか。その背景を探るために、18~29歳のやせ体型の女性を調査した研究があります1)。調査対象となった400名を、ダイエット経験の有無で分け、体型に関する認識や、食事摂取量や体重を増やすことに対する認識を把握しました。その結果、特にダイエット経験のある者(55%)の理想体重は43.46㎏で、ダイエット経験のない者が回答した理想体重(44.46㎏)を下回っていました。また、肥満だと感じる体重も、ダイエット経験のある者のほうが、約2.5㎏低く見積もっていました(経験あり: 51.83㎏, 経験なし: 54.31㎏)。さらに、体重を増やすことについては「増やしたくない」と回答する者がダイエット経験ありで67.3%(経験なしは38.9%)と高くなっていました。もちろん、無理なダイエットをしなくても痩せている女性はいますが、やせている体型を理想とし、その体型を維持したいと望んでいるため、食習慣の改善や体重増加への意思は低いと考えられます。

図2 成人女性(20歳以上)における、BMIの状況別、食習慣改善の意思
図2 成人女性(20歳以上)における、BMIの状況別、食習慣改善の意思

注1)改善の意思あり:「改善するつもりである(概ね6か月以内)」「近いうち(概ね1か月以内)改善するつもりである」「すでに改善に取り組んでいる(6か月未満)」「すでに改善に取り組んでいる(6か月以上)」のいずれかを選択した者の計 注2)改善の意思なし:「改善することに関心がない」「関心はあるが改善するつもりはない」「食習慣に問題はないため改善する必要はない」のいずれかを選択した者の計

出典:令和元年国民健康・栄養調査

持続可能な開発目標では、2030年までにあらゆる形態の栄養不良を解消させ、若年女子、妊産婦・授乳婦および高齢者の栄養ニーズへの対処を行うとしています。新型コロナウイルス感染症の流行拡大により、日本の出生率はさらに低下しました。厚生労働省が2023年に発表した合計特殊出生率は1.26と、少子化が加速しています。その対策として、経済・雇用環境の改善や様々な子育て支援対策の拡充等は重要ですが、生まれてくる子どもたちの健康を守り、豊かでサステナブルな社会を実現していくために、若年女性のやせや低出生体重児の問題への対策も、重要な少子化対策の一環と考えます。もちろん、若い頃から適正体重を維持し、望ましい食習慣を形成することは、高齢期のフレイル等の健康課題の発症を予防する上でも重要です。

林 芙美教授
《執筆者プロフィール》

林 芙美

女子栄養大学栄養学部 准教授
医学博士、米国登録栄養士

サステナブルで健康的な食生活の実践を促すための研究・実践活動に従事

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